記事で見るよさこい祭り2000 8月分
{img:記事で見るよさこい祭り} …2000(平成12)年8月… 祭り本番
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8月25日(金)・朝刊 熱気伝える4900枚 高知市でよさこいスナップ写真展 {img:よさこい祭りの写真に見入る若者ら(高知市のダイエーショッパーズ高知店)} 県営業写真家協会(宗石雄久会長)による第四十七回よさこい祭りの「踊り子隊集合スナップ写真展」が、高知市帯屋町二丁目のダイエーショッパーズ高知店で開かれている。九月五日まで。 県内の写真館など五十八店舗が加盟する同協会は、よさこい祭りを三十四年間撮り続けており、昭和四十七年から毎年展示会を開催。今年は、十七店のカメラマンが撮影した百八チームの団体写真とスナップ約四千九百枚を展示している。 同店の地下一-五階の階段に沿った壁には、祭りの写真がずらり。ピタリとポーズが決まった瞬間や、踊り終えてホッとした表情など、踊り子それぞれの夏の一場面が並ぶ。 自分たちの写真を探しに来たという若者は、「ここにあった」「なかなかよう写っちゅう」。折り畳みの小さないすを持ち込んで一点一点に見入っていたお年寄りは、「踊り子の躍動感が好きで毎年見に来てます」と話していた。 同展は、写真の販売も行っている。 【写真】よさこい祭りの写真に見入る若者ら(高知市のダイエーショッパーズ高知店)
8月22日(火)・朝刊 「てんてこ舞」2年目のよさこい 障害者の自主性に課題 {img:昨年に続いてよさこい祭りに参加、車いすで踊る「てんてこ舞」のメンバー(高知市の菜園場競演場)} 「バリアフリー」を目指し、昨年よさこい祭りに初参加した障害者主体の踊り子チーム「てんてこ舞」。ことしの祭りでも、車いすの人たちの踊りが観客に感動を与えたが、実は二年目に当たり、内部では祭りへの参加の在り方をめぐって意見が対立。「真のバリアフリーとは何か」という葛藤(かっとう)を抱えての参加だった。ただ、二年連続参加したことで、障害者に対する周囲のバリアー(壁)は次第になくなってきている。 てんてこ舞は、よさこい祭りへの参加を目指す肢体不自由者らが一昨年結成した「こうちよさこいバリアフリー実行委員会」が運営母体。祭りに参加することで、高知でのバリアフリーの実現を目指している。 初挑戦だった昨年は、準備段階から障害者主導で進められ、健常者は裏方としてできない部分だけをサポート。祭り当日は障害者の踊り子約百五十人に対しボランティアも飛び入りを含めて百五十人以上が集まり、チームは総勢三百人もの大所帯に膨らんだ。 こうした参加形態について、関係者の間では「ボランティアをする方、される方でなく、対等な人間関係が築かれていた」と肯定的に評価する声がある一方、「まるで大名行列。これほど大勢のボランティアがついて回るのはあまりにも過保護。バリアフリーに逆行するのではないか」との賛否両論があった。 これを受けて、二年目の方針を決める四月の実行委員会では、祭りのスムーズな進行を目指すため「踊り子、ボランティアとも数を制限するべきだ」という意見と、「障害者理解の底辺を広げていくのが使命。制限しては逆にバリアーをつくってしまう」という意見が対立。結局“制限論”に落ち着き、踊り子を三十人減らし、ボランティアも少数精鋭で臨むことになった。 また、ことしは昨年以上にボランティアが表に出て障害者を助け、あらゆる準備にかかわった。その結果、たどたどしくても障害者が中心になって仕切った昨年とは様変わり。外見は昨年と同じでも、内情はボランティアの健常者がチームを引っ張る形になってしまった。 これについて、ボランティアの一人は「障害者の甘えが強く、自分たちがやらざるを得なかった。祭りを失敗させたくなかった」と説明。ある踊り子も「確かに自らやろうという意識が薄かった」と依存してしまったことを反省する。 そうした内情はともかく、二年続けて参加したことで確実に変わったこともまた多い。その一つが観客の顔。昨年は、声援を送りながらも、どこか戸惑ったようだったが、ことしは一般のチームを見るのと変わらない自然な表情に明らかに変わった。 踊り子自身も変わった。昨年祭りに出た障害者の中には、車の免許を取るなど積極的に外に出るようになった人もいる。祭りで得た自信が確実に障害者の社会参加へとつながりつつあり、県民を巻き込んだ心のバリアフリーは少しずつ浸透している。 二年連続参加で、祭りの中で一定の存在感を示すようになったてんてこ舞。自身も車いすで踊った山本勝己委員長は「この団体はまだまだ発展途上。これからも健常者を引っ張ってバリアフリーを進めていきたい」と話す。来年に向け
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