No.13 姫路城(兵庫県姫路市) : いまむかし写真物語 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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No.13 姫路城(兵庫県姫路市) {img:いまむかし写真物語}[=>]

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市民と歩んだ世界遺産

戦後間もない1947年4月、焦土と化した姫路市で一つの祭りが始まった。「姫路お城まつり」。打ちひしがれた市民にとって、奇跡的に空襲を免れた白亜の城郭は大きな心の支えだった。お城まつりはその後8月に日を移したが、美しい城は四季折々、市民を励まし続けてきた。 56年には、戦火で挫折した「昭和の大改修」が再開された。大卒の初任給が1万2千円の時代に総工費5億5千万円をかけた8年がかりの難工事は、多くの遺物や銘文の発見も伴い、複雑な築造過程が明らかになった。 広大な城内には戦前、旧陸軍第10師団が置かれ、戦後は師団の倉庫が市庁舎に生まれ変わった。市庁舎が手狭で移転した後、元の建物は市立美術館となり、一帯は他にも県立歴史博物館など文化施設が集中する。市制100周年の89年にはシロトピア博も開かれ、翌年から4月6日が「しろの日」となった。城は現存する日本最高の城郭建築として、法隆寺とともに93年、国内初の世界文化遺産に指定。その姿を永遠に残すべく、2009年度には“平成の大改修”がスタートする。

姫路城(兵庫県姫路市)の写真について

1    1952年の姫路城周辺。45年7月の姫路大空襲で城下は灰じんと帰したが、城本体は奇跡的に炎上を免れた。 2    戦災復興を期して始まったお城まつり。54年の大名行列では見事な毛やり渡しも披露された。 3    昭和の大改修で、天守閣の西心柱は適材がなく、岐阜と兵庫のヒノキの巨木2本をつないだ。上部材の「お城入り」(59年)は、雨の中を1800人が祝い引きし、沿道は市民らの傘で埋まった。 4    昭和の大改修は64年に完了。完工式には本多氏や酒井氏など歴代藩主の子孫も招かれ、白亜の天守閣に見入った。写真は69年。 5    赤レンガづくりの旧姫路市庁舎(80年)。国宝の城域内にあって増改築が難しく、この年、JR姫路駅の南側に移転した。今は市立美術館。 6    ちょんまげに裃(かみしも)姿、本物の刀を差した「殿様」が83年に誕生した。初代はこの年、市観光余暇課長を定年退職した井上孝さん。98年まで務め、今は3代目。 7    89年に開催された姫路シロトピア博。2か月半の期間中、158万人が訪れ、経済波及効果は1000億円超と発表された。跡地は記念公園となっている。 8    お城まつりに加え、2004
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