コレラ菌 - Wikipedia
コレラ菌
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コレラ菌 {img:Vibrio cholerae.jpg}[=>]
電子顕微鏡写真 分類[=>]
ドメ
イン[=>]
: 真正細菌[=>]
Bacteria[=>]
門[=>]
: プロテオバクテリア門[=>]
Proteobacteria[=>]
綱[=>]
: γプロテオバクテリア綱[=>]
Gamma Proteobacteria[=>]
目[=>]
: ビブリオ目[=>]
Vibrionales[=>]
科[=>]
: ビブリオ科[=>]
Vibrionaceae[=>]
属[=>]
: ビブリオ属[=>]
Vibrio[=>]
種[=>]
: コレラ菌
V. cholerae[=>]
学名[=>]
Vibrio cholerae
Pacini 1854 コレラ菌(-きん/学名 Vibrio cholerae)は、ビブリオ属に属するグラム陰性[=>]
のコンマ[=>]
型をした桿菌の一種 [1][=>]
[2][=>]
[3][=>]
[4][=>]
[5][=>]
。好アルカリ性[=>]
で比較的好塩性[=>]
の細菌[=>]
である。1854年[=>]
、イタリア[=>]
人医師フィリッポ・パチーニ(Filippo Pacini、1812年[=>]
- 1883年[=>]
)によって発見された後、1884年[=>]
にロベルト・コッホ[=>]
がこれとは独立にコレラ[=>]
の病原体として発見した。しばしば誤解されるが、コレラ菌のすべてがコレラの原因ではなく、200種類以上の血清型[=>]
に分類された中の「コレラ毒素を産生するO1型もしくはO139型のコレラ菌」が、ヒトに感染してコレラの原因になる。O1型は古典型とエルトール型に分類される。また、これ以外のコレラ菌もヒトに感染して食中毒の原因になる。いずれも主に河川[=>]
や海[=>]
などの水中に存在する生きた菌が、その水や付着した魚介類を介してヒトに経口的に感染し、その腸[=>]
内で増殖して、糞便[=>]
とともに再び河川等に排出されるという生活環[=>]
で生息している。 目次
1 歴史[3][6][1][=>]
2 細菌学的特徴と分類[1][2][5][=>]
2.1 コレラ毒素[1][5][=>]
3 病原性[=>]
4 脚注[=>]
5 外部リンク[=>]
[編集[=>]
] 歴史[3][=>]
[6][=>]
[1][=>]
1817年[=>]
、コレラはインド[=>]
のガンジス川[=>]
下流のベンガル地方[=>]
で大規模な流行を起こした。このときの流行は中国[=>]
、日本などにまで広がり、最初の世界規模での大流行(第1次コレラパンデミック[=>]
)になったが、このときはヨーロッパ[=>]
に波及する前に1823年[=>]
に終息した。しかし1829年[=>]
に再びインドから発生した第2次パンデミックではヨーロッパに伝播して多くの感染者および死者を出し、「ペスト[=>]
の再来」として恐れられた。当時はまだ医学が十分に発展しておらず、コレラの発生原因が何であるかについてさまざまな説が流れたものの、いずれも推論の域を出なかった。 1852年[=>]
に始まった第3次パンデミックのとき、イギリス[=>]
の開業医ジョン・スノー(John Snow[=>]
)は疫学[=>]
調査を行い、コレラの病原因子が飲料水に関連した何かであることを明らかにした。一方、イタリア[=>]
の医師フィリッポ・パチーニ(Filippo Pacini[=>]
)は、コレラ患者の糞便に大量の細菌[=>]
が存在することを見出し、これがコレラの病原菌だと考えてVibrio choleraeと名付け、1854年[=>]
にイタリアの学術誌に発表した。しかし、この発表はヨーロッパの学者の目に止まらず、また当時はまだ細菌が病原体であるという考えは証明されていなかったため、この発表は以後30年にわたって日の目を見ることはなかった。 1876年[=>]
、ロベルト・コッホ[=>]
(Robert Koch[=>]
)が炭疽[=>]
の病原体が炭疽菌[=>]
であることを証明したことによって、細菌が病原体であるという、細菌病原体説が証明された。コッホは、さらに結核菌[=>]
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